三島由紀夫の長編小説『盗賊』とは?【初心者向けに解説&感想】

三島由紀夫が1947年に発表した『盗賊』。

 

作者にとって初めて書いた長編小説で、若い男女の恋愛心理を緻密に描いた作品です。

 

ここでは、『盗賊』の作品概要や筆者が実際に読んでみた感想など、文学についてよく知らない人向けに、分かりやすく綴っていきます。

 

目次

『盗賊』基本情報

  • 三島が初めて書いた長編小説。
  • 全六章からなる。
  • 恋愛を描いた心理小説。
  • 1947(昭和22)年から翌年にかけて、断片的に複数の文芸雑誌などに発表。
  • フランスの小説家レイモン・ラディゲの『ドルジェル伯の舞踏会』の影響が強くみられる。

 

『盗賊』あらすじ

登場人物

  • 藤村明秀(子爵の息子で、大学の国文科を卒業したばかりの青年)
  • 原田美子(避暑地で、互いの母を通じて明秀と知り合った女性)
  • 山内清子(明秀の両親と旧交のある、山内男爵の娘)

 

あらすじ・構成

第一章 物語の発端

戦前の1930年代の夏、藤村明秀は母とS高原のホテルに滞在した折に、原田美子とその母に出会う。

明秀は美子にひと目ぼれし、ホテル滞在時に二人は親密な仲となる。

関係を察した明秀の母・藤村夫人は、帰京後縁談を進めようとするが・・。

 

第二章 決心とその不思議な効果

父の代理で京都へ向かった明秀。

そこで、父の古い知り合いである山内男爵と出会う。

その後神戸に立ち寄り、夜の旅館での出来事や、翌朝の港への散策を通じ、死を意識するようになる。

 

第三章 出会

ある侯爵家で催される、社交倶楽部に入った明秀。

山内男爵に、娘も連れていって欲しいと頼まれ、清子と出会うことに。

明秀と清子は、同様の恋の傷を抱えた者同士だった。

 

第四章 周到な共謀(上)

明秀と清子は、傍目には完全に恋人同士に見えるようにふるまった。

夏には山内男爵の軽井沢の別荘へ行き、二人で牧場までサイクリングへ。

 

第五章 周到な共謀(下)

山内男爵と明秀の母・藤村夫人は、昔ある関係にあった。

明秀と清子の結婚話が進んでいった。

 

第六章 実行—短き大団円

ある出来事の後、人が死んだ。

そして、死んだ人と過去に関わりのあった人から、何かが奪い取られていた——。

 

『盗賊』解説・感想

『盗賊』には恋愛関係、あるいはその「擬き」のような関りをする男女が主要人物。

でもラブストーリー・恋愛小説というようなものではなく、男女の心理を異様ともいえるほど、緻密に描写した「心理小説」。

 

「女の中に時としてめざめるこの強い衝動的な調練の本能には、

却つて屈折した服従の心理が、敗北への欲求がひそんでゐるのではなからうか。」

 

「彼女のなかには明秀が今まで知らずにゐたもう一つの建築が聳えだした。

夕日の地平線にけだかい伽藍が立ち現はれて来るやうに。」

現実的に考えて、恋人や男女の内面がこんな風であるとはとても思えない、ある意味病的で神経質的な心理。

また、作者の鋭い洞察力や感受性を感じさせるような箴言が、全体を通して書き連ねてある。

 

 

そして、死に対する描写・箴言も、全体を通してそこかしこに見られる。

 

「彼は別の場所に立つて、彼の宿命を彼自身の手で選んだのである。

いはば人は死を自らの手で選ぶことの他に、自己自身を選ぶ方法を持たないのである。」

 

「決して生をのがれまいとする生き方は、自ら死へ歩み入る他はないのだらうか。」

三島は生涯にわたって「死」を繰り返し描き、大きな文学的テーマだった。

初めて書いたこの長編小説でも、その死に対するこだわりの観念がいかんなく発露されている。

 

三島の作品の中では、この『盗賊』はそれほど有名ではなく、語られることも少ない小説と言われる。

しかし明秀の人物像は、最晩年の『春の雪(豊饒の海・第一巻)』の主人公・松枝清顕を彷彿とさせる面がある。

「きはめて頼りのないところが彼の見処だつたのではあるまいか。

不安定な果敢さ、又は、躾のよすぎる人間が時として示すあの見当外れの勇気とでもいふものが。」

 

『豊饒の海』をはじめ、三島の主だった小説はそこそこ読んでるけど、『盗賊』における心理描写や死のイメージは、やはりこの作家らしさを感じさせるようなルーツがあるように思う。

 

 

「今思いかへすとあの旅は死の予行演習のやうだつた。」

個人的にも、第二章で明秀が神戸に立ち寄った時の旅館から観た光景、そして港の散策における、死のイメージの描写が印象深かった。

 

 

「彼は刀身を抜いてみた。あたりの空気が色を失って冴えた。」

 

「必要に迫られて、人は孤独を愛するやうになるらしい。

孤独の美しさも、必要であることの美しさに他ならないかもしれないのだ。」

こういった独特の比喩や箴言など、味わい深く考えさせられる表現が随所にちりばめられている。

 

 

タイトル『盗賊』の由来は、最後の最後で明らかになる。

人工的に構築されたような文体で、恋愛心理や死が作者独特の明晰な審美眼で冷静に見つめられ、処理されていく感じ。

静かに人間心理について考えさせられる作品。

 

『盗賊』を読むには?

『盗賊』は、新潮社の文庫や全集で読むことができます。

 

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