昭和という時代を駆け抜け、この11月で没後50年となる、日本を代表する作家・三島由紀夫。
多くの作品が翻訳され、ノーベル賞候補になるなど国際的に活躍しました。
のみならず、週刊誌に通俗小説を書いたり、演劇や映画、テレビにも出演。
さらに、ボディビルやボクシング・剣道・空手などで肉体を鍛え、自衛隊に体験入隊した後、自ら国を護るべく軍隊的集団「楯の会」を結成。
ただの流行作家としての枠を超えた様々な方面での活躍で、当時の世の中の注目を集めました。
そして今から50年前の、日本およびその時代や社会、そこに生きる人々に突き付けられ震撼させた、あのセンセーショナルな出来事と死・・。
今もって謎の部分も多く、その後も平和な時代を謳歌してきた私たちの国と社会の片隅に、鋭く穿たれた黒く深い穴のように、その存在と出来事は刻まれています。
ここでは、そのあまりにも異質な存在であった三島由紀夫を、文学や読書もそれほど興味はないけど、とりあえず知りたいという人向けの記事として書きました。
「三島由紀夫」初心者に向けた入門的作品として、自分が過去に読んだ小説・エッセイといった本や、今でも鑑賞できる映画などの作品を紹介していきます。
なお、ここには筆者が購入した本などの写真を載せていますが、多くが最新の版では表紙のデザイン等が異なっているのでご了承ください。
【1】潮騒
発表年 | 1954(昭和29)年 |
コンテンツ内容 | 長編小説 |
おすすめしたい人 | 明るい素朴な青春純愛文学を読みたい人 映画版を観たことがある人 |
あらすじ
伊勢湾に浮かぶ「歌島」の18歳の漁師・久保新治は、島にやってきて海女をすることになる少女・宮田初江と出会う。
二人はお互いに惹かれ合うようになり、戦時中に使われていた廃墟「監的哨」で純朴な愛の確認をする。
しかし、初江に嫉妬する女性・千代子や、自分が初江と結婚するものだと思っていた安夫、さらに村の有力者である初江の父・照吉など、さまざまな障害が二人の純愛の成就を妨げる・・。
作品紹介
28歳の時に発表された、作者にしては異質な明るい純愛文学であり、代表作の一つ。
軍事施設の廃墟で逢瀬を重ね、お互いが焚き火の前で服を脱ぐ場面が有名ですね。
2013年のNHK連続テレビ小説『あまちゃん』では、ヒロインも同じ海女。
挿入歌『潮騒のメモリー』の「来てよ その火を 飛び越えて」という歌詞は、このシーンが元ネタとされています。
(※本ページの情報は2020年11月時点のものです。最新の配信状況はU-NEXTサイトにてご確認ください。)
映画化もされ、三島の小説の中では異質ではあるものの知名度は高い作品。
長編小説と言ってもそれ程長いという部類でもないので、まず最初に読む作品として良いのではないかと思います。
過去に山口百恵&三浦友和など、5回映画化
過去に「吉永小百合&浜田光夫」(2回目・1964年)・「堀ちえみ&鶴見辰吾」(5回目・1985年)など、5度にわたり映画化されています。
一番有名なのは「山口百恵&三浦友和」(4回目・1975年)版だと思うので、スタッフ&キャストを紹介しておきます。
スタッフ&キャスト
- 監督 :西河克己
- 脚本 :須崎勝弥
- 音楽 :穂口雄右
- 主題歌:山口百恵『少年の海』(作詞:千家和也、作曲:都倉俊一)
- 宮田初江 :山口百恵
- 久保新治 :三浦友和
- ナレーター:石坂浩二
- その他出演:初井言栄、亀田秀紀、中村竹弥、津島恵子、花沢徳衛ほか
【2】不道徳教育講座
発表年 | 1959(昭和34)年 |
コンテンツ内容 | エッセイ |
おすすめしたい人 | 気軽に三島の文章を読んでみたい人 |
作品紹介
雑誌『週刊明星』に連載された、69編のエッセイを単行本化。
タイトルを挙げると、
「大いにウソをつくべし」「人に迷惑をかけて死ぬべし」「女から金を搾取すべし」「約束を守るなかれ」「『殺っちゃえ』と叫ぶべし」「女には暴力を用いるべし」「人の不幸を喜ぶべし」「人の失敗を笑うべし」「人のふり見てわがふり直すな」「恋人を交換すべし」・・。
などなど、世の中の「常識・良識・道徳」を真っ向から否定するような、刺激的なものが並んでいます。
文章は小説とは違って、難しい言葉や言い回しなどはなく、週刊誌に連載されたものだけあってスラスラ読むことができます。
しかしその中に垣間見えるのは、作者の社会・および人間に対する鋭い洞察力や深い考察。
機知とユーモアを交えながら、われわれ一般大衆が普段気付かない、矛盾や偽善を逆説的に分かりやすく提示して見せてくれます。
タイトルだけ見て興味のある所から自由にパラパラ読むことができるし、気軽に三島の文章や考えに触れたい人にはうってつけの本ですね。
また、原作が発表された同じ頃に映画化もされています。
三島本人も、ストーリーには関わらないナビゲーター役として、最初と最後に少しだけ登場しています。
【3】憂国
発表年 | 1961(昭和36)年 |
コンテンツ内容 | 短編小説 |
おすすめしたい人 | 三島由紀夫の「世界」が、ギュッと濃縮された作品を読みたい人 「エロス」や「死」といったテーマに興味がある人 他にもいろんな短編小説を読みたい人 |
あらすじ
昭和11年2月28日、「二・二六事件」において反乱を起こした仲間達を、勅命によって討たねばならない立場となった陸軍の武山信二中尉。
苦悩の末それを為す事なく、自死を決意。
それを告げられた新婚の妻・麗子も元より覚悟の上、付き従う。
大義への死を目前にした夜、若い夫婦は最後の濃密な営みをした後、凄惨な死を遂げる。
作品紹介
わずか30ページ程の短編ですが、大義へと殉ずる者の至福と美、エロティシズムがぎっちりと詰め込まれた三島の代表作。
死を前にして高みに昇りつめる性交の官能的な描写と、その後の割腹自殺における凄惨で生々しい詳述が、主要な場面となっています。
三島自身が巻末の解説で、
「ここに描かれた愛と死の光景、エロスと大義との完全な融合と相乗作用は、私がこの人生に期待する唯一の至福」
「もし、忙しい人が、三島の小説の中から一編だけ、三島のよいところ悪いところすべてを凝縮したエキスのような小説を読みたいと求めたら、『憂国』の一編を読んでもらえばよい」
と語っています。
作者本人も勧める、まさに「ザ・三島」ともいうべき、本人の分身のような作品。
死やエロスを濃密に描いた強烈な小説なので、抵抗感のある人もいるかも知れないですが、三島の文学・および三島由紀夫という人間を知りたい人には、ぜひおすすめしたいですね。
自選短編集『花ざかりの森・憂国』に収録
『憂国』は新潮文庫『花ざかりの森・憂国』に収録されています。
作者自身が選んだ全13編の短編、さらに巻末には先ほど引用したように、本人による作品解説付き。
『憂国』以外にも、16歳で書かれたデビュー作ともいえる『花ざかりの森』や、この世界における「奇蹟」について描かれた『海と夕焼』など、三島を知る上で重要な作品が多く収められています。
個人的には、『詩を書く少年』の斜に構えた主人公に共感する部分を感じるし、18歳頃の作『中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃』も、三島にとって重要な「死」を扱った作品で興味深いですね。
本人主演・監督で映画化
小説が世に出てから5年後の1966(昭和41)年には、本人が主演・監督もした映画版が公開されました。
【4】春の雪〈豊饒の海・第一巻〉
発表年 | 1965(昭和40)~1966(昭和41)年 |
コンテンツ内容 | 長編小説 |
おすすめしたい人 | 高貴な青年淑女の悲恋物語を読みたい人 三島文学の集大成を読みたい人 |
あらすじ
明治時代末期、華族の令息・松枝清顕には、同じく華族の令嬢・綾倉聡子という2歳年上の幼なじみがいた。
清顕にとって聡子は、姉弟のように育てられ初恋の相手のようでもあり特別な女性だったが、思春期を迎え、自尊心を傷つけられるなど疎ましくも感じ、意識しつつも距離を置く複雑な存在となっていった。
聡子もいつの頃からか清顕を恋い慕うようになっていたが、皇族である洞院宮治典王殿下との婚約がまとまる。
聡子が「禁忌」の存在となった途端、清顕は聡子への恋情を自ら認め、二人は禁断の逢瀬を重ねていく・・。
作品紹介
三島が死の直前まで、五年以上を要して書き上げられた、全四巻にも及ぶ長編小説『豊饒の海』。
一巻ごとに主人公が20歳で夭折し、友人だった本多繁邦が年を重ねていきながら、生まれ変わった人物を観察し関わっていくという「輪廻転生」がテーマで、三島文学の集大成的な作品です。
第一巻『春の雪』では、何不自由なく育った耽美的で自尊心が高い貴族の坊ちゃんと、幼なじみでしっかり者の令嬢との、美男美女の悲恋のラブストーリーとして描かれていきます。
この一巻だけでも物語として完結してるし、初心者でも興味を持ち続けやすい恋愛もの。
「輪廻転生」が大きなテーマだけど、第一巻はまだそれに関する難しい叙述はあまり出てこないし、三島の他の難解な作品と比べると、読みやすい長編だと思います。
ちなみに、個人的に最も好きな三島の作品を挙げるとすると、筆者はこの続きの第二巻『奔馬』ですね。
第一巻の主人公・松枝清顕とは全く違った、ある意味三島にもよく似ている青年が、生まれ変わりとして登場。
ある目的に向かって果敢に行動し、純粋に生き、死のうとする物語です。
妻夫木聡&竹内結子で映画化
『春の雪』は2005(平成17)年に、妻夫木聡&先日亡くなった竹内結子さんの共演で映画化、公開されました。
スタッフ&キャスト
- 監督 :行定勲
- 脚本 :伊藤ちひろ、佐藤伸介
- 音楽 :岩代太郎
- 主題歌:宇多田ヒカル『Be My Last』
- 松枝清顕 :妻夫木聡
- 綾倉聡子 :竹内結子
- 本多繁邦 :高岡蒼佑
- その他出演:及川光博、田口トモロヲ、高畑淳子、石丸謙二郎、宮崎美子、岸田今日子、真野響子、山本圭、榎木孝明、大楠道代、若尾文子
筆者も公開当時、映画館へ観に行きました。
文学作品を映像化する上で必然かも知れないけど、原作をあらかじめ読んだ上で観ると、三島作品の持つ「文学的滋味」のようなものが失われて、ちょっと物足りないような印象が残りました。
その反面、結構キスシーンが多かったりするなど、甘いメロメロなラブロマンス的な展開が中心に据えられてるので、そういった映画が好きな人や一般女性的にはウケは良いのかなと思います。
【5】からっ風野郎
発表年 | 1960(昭和35)年 |
コンテンツ内容 | 映画 |
おすすめしたい人 | 映像で三島由紀夫を知りたい人 ヤクザ映画が好きな人 |
スタッフ&キャスト
- 監督 :増村保造
- 脚本 :菊島隆三、安藤日出男
- 音楽 :塚原哲夫
- 主題歌:『からっ風野郎』(作詞・歌:三島由紀夫、作曲:深沢七郎、編曲:江口浩司)
- 朝比奈武夫 :三島由紀夫
- 小泉芳江 :若尾文子
- その他出演 :船越英二、志村喬、川崎敬三、小野道子、水谷良重、根上淳、山本禮三郎、浜村純ほか
あらすじ
昭和30年代の東京。
服役していたヤクザの二代目・朝比奈武夫は出所日早々、恨みのあった新興ヤクザ「相良商事」の社長・相良雄作に命を狙われる。
情婦のキャバレー歌手・香取昌子や、武夫が隠れ家とする映画館で働いていた小泉芳江、大親分の雲取大三郎なども絡み、相良一家との抗争に立ち向かう。
作品紹介
当時すでに人気作家だった三島が、主役を演じて注目された映画。
娯楽作品として興行的にもヒットした一方で、その演技に関しては三島自身も「大根役者」と自嘲し、各方面から酷評を受けたようです。
個人的には演技のウマ下手ってあまりよく分からないせいか、それ程気にならなかったし、当時の風俗なども知られて興味深く鑑賞しました。
何より、演技とは言え実際に喋り、動いている三島の映像を堪能できるという意味で、今となっては貴重な作品ではないでしょうか。
読書は苦手で、気楽に映画を観ながら三島由紀夫という人物を知りたい人におすすめですね。
まとめ
以上、今年没後50年を迎える作家・三島由紀夫を初めて知る人に、おすすめの小説・エッセイ・映画を紹介しました。
生前の三島と親交があって、今も生きている人から当時の話を聞くこともできますが、50年前と今とでは、国や社会の有り様から何から何まで、随分と変わったことと思います。
三島が、私たちの社会に投げかけたものは何だったのか。
今、三島由紀夫について考える事は、どういった意味があるのか・・。
色々と思いを馳せながら、残された作品を読んでいきたいですね。
改めて三島由紀夫について知りたい方は、こちらをどうぞ。
三島原作の映画についてはこちら。